情緒と情報
- 2010年07月30日
- 日記
昨日、とある勉強会に参加しました。
そこに招かれていた電通九州のアートディレクターの方の話によると、
この7年ほどの間で、私たちが日々接する情報の量は、
なんと600倍に膨れ上がっているそうです。(聞きマチガイではないと思う。)
お仕事柄、いろんなデザインや広告を世に発信されている方で
色々と大変ためになる面白い気づきを頂いたのですが、
その中で印象に残ったのが、現代人は街中の広告などを
「見るのではなく、眺めている」
のだ、というお話でした。
この指摘、どう思われます?
ぼんやりとただ眺める中で、ひとつひとつの情報の価値が相対化されて、
ひとつひとつの情報が持つ濃度が、とてつもなく薄く、希釈されている時代。
同時に、溺れそうなほどに莫大な情報を多様なメディアから受容していても、
受容した情報量に対して、現実的に処理できる情報量はごくごくわずか。
テレビのチャンネルを切り替え、ウェブのページをクリックするたび、
そのつど全く違う情報が、流れ込むように視覚に飛び込み、万華鏡のように変化する。
それらは、人間の脳、人間の意識に、一体どんな作用を及ぼしているのでしょうか。
情報の価値、出来事の意味、出会いの感動が、浅く薄く脱色され、
深く丁寧に観察したり、じっくりと懇切に感じ入ることの出来なくなるような感覚。
ひと言で言えば、人間の“感性の麻痺”をもたらすのでないでしょうか。
情報過多とは、情報を受容する感覚器官である五感と脳への過剰刺激を意味します。
莫大な情報量と過剰な刺激により、混乱し、混濁し、麻痺していく脳と意識。
その結果、人間の感性、特に日本人が昔から備えていた深い情緒は麻痺状態です。
そんな時代が今であり、そしてその流れは加速の一途をたどっています。
そんな超高度情報時代が抱える根本問題を解決する道を開く必要があります。
溢れかえる情報をシンプル化してフォーカスデザインする力と、
あらゆるものに感動できる人間の深い情緒を開花させられる、和の心の感性教育。
情緒と情報の双方の良さを自在に活かし、輝かせることができる教育コンテンツ。
それが5次元認識テクノロジーなのです。
ちょっと尻切れトンボですが、まあ、日記なので。今日はこのへんで。


