和して同ぜず
- 2010年09月04日
- オピニオン
論語の一説に、
「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」
という有名な文言があります。
君子は、自分の観点をしっかり持ちつつ、その上でなお
相手やその場の意見に建設的に調和・協調することはあっても、
むやみやたらに安易に人の意見に同調したり、妥協したりはしないもの。
それに対して、つまらない小人は、
自分の観点も持たずに建前のように適当に同調することはあっても、
全体と本当にしっかり調和して、自分にとっても全体にとって有益な発展的関係
をつくることはしない、ということ。
だいたい一般的な解釈としてはそのような意味でしょう。
これは、一対一の人間関係、
例えば友人、恋人、同僚、上司・部下など、日常のあらゆる場面で
起こっている出来事の中に、実はたくさん隠れていますね。
それだけでなく、
企業と企業、あるいは国と国の外交関係など、組織と組織の交渉活動に
おいてもたくさん起こっていることだと思います。
「和」と「同」、どちらが安易で簡単かといえば、
明らかに「同」の関係性ですね。
「同」は、そもそも自分の観点を確立・理解する必要がありません。
また、相手の観点を理解する必要もありません。
だから、お互いの観点の違いを正確に洞察して、
共有できる観点、相互理解できる観点と、受け入れられない、受け入れたくない観点とを
整理して、そこから調和発展的なコミュニケーションや関係性をとる必要もありません。
自分の意見はない、相手の意見は別にどうでもいい、
本音をぶつけあうのもめんどくさい、
用は、タテマエでテキトーにやっとけばいいよ、ということです。
これは、つまらない人間、小人の生き方だよ、ということですね。
自分に対しても相手に対しても、敬意をはらっていない、いい加減な生き方の姿勢でもあります。
でも、このほうが表面的にはラクチンなんですね。
なぜなら、観点の違い、判断基準の違いという根本的な難問と向き合わなくてよいから。
他にも例えば、
「同」よりもある意味ラクチンでテキトーな姿勢として、
「我」
がありますね。
自分の観点が正しい、自分の知識が正しい、自分の意見が正しい。
その自分が思うところを一方的にしゃべりまくる。アウトプットする。
相手のいうことは受け入れない、そもそも関心がない、だから交流する気もおきない。
オレ様に話をさせろ、オレ様の話を聞け、それを受け入れろ、と。
あなたの意見は聞きたくないし、聞いてないからね、と。
この「我」のあり方、実は今の日本社会でけっこう多いんですね。
大きく分けてしまえば、「我」と「同」のコミュニケーションスタイル、人間関係ばかりが
あふれかえっているのが今の日本だと思います。
だから、おそらく国外に出たとき、あるいは外交の場においても、
しっかりとした主義主張と、それを土台においての発展的対話、討論、というのは日本人は
苦手です。
論理だてて自説をのべる、そしてしっかり自分がもっているイメージを相手に伝達する。
これは日本人は苦手ですね。
でも、人の良さや笑顔、思いやり、気配りの心はまだ生きているので、
その長所で良い評価をもらえているところもあると思います。
日本人に足りないポイントは、教育によって補うしかありません。
「我」でも「同」でもなく、君子の国として、
「和」のあり方、「和」の組織、「和」の社会を
目指すべき方向性に定めることは、とても大切なことだと思います。
本当の「和」のためには、自分の観点・自分の判断基準を
客観的に正確に理解することがまず必要です。
そのためには、自分の考え・感情を客観的に整理することができるようになることが重要ですが、
これは簡単なようで実は相当難しいのです。人間は思い込みの動物ですから。
そして、自分の観点から完全に自由になる、自分の判断基準を完全にゼロにすることが
できるようになることが大事です。
なぜなら、自分の秤がゼロにならないと、相手の判断基準を正しく計ることができず、
目盛りが狂って相手の観点を誤解したまま
自分の思い込み判断で誤解したり非難したりするからです。
そのようにお互いが常に秤ゼロの状態になれれば、
100パーセントお互いの観点を相互交流しながら、
より発展的な方向性に向かえる関係性をつくることができるようになります。
自分も相手も最大限尊重し、その上で、自他の意見の相違を超えて、
自他共栄の道に向かうこと。
それが、「和」の世界ですね。
その実現のために、観点を自在に移動できる教育メソッドが必要なのです。
だからこそ私たちは、観点を自由自在に移動できる「観術」の必要性を説いています。
「我」、「同」では、人間のエゴとエゴの浅く不充分な交流しかできません。
それは結果的に、人間関係におけるあらゆる問題を生み出す根本原因になっているのです。
「我」を超えて、「同」を超えて、「和」の世界へ。
君子の国として、日本の理想的美徳である「和」の関係性が溢れる素敵な社会を多くの
方と一緒につくっていきたいと思います。


